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Web の未来と僕達

今月のはじめに「フロントエンドチョットデキル 2025」というイベントがあった。 このイベントではデザインシステムからエディタなどの複雑 UI、果てはブラウザへのコントリビュートの話まで、web プラットフォームに対して様々な切り口から議論を広げる良いイベントだった。

今回筆者が中でも興味を持ったのは、jxck さんの基調講演、「Web Platform の変化がフロントエンド開発に与える影響」だった。 それは、筆者は直近に友達が就活を 27 卒で受けようか 29 卒で受けようか悩んでいるという相談を受けていたが、jxck さんの基調講演が自分には無い視点からこの相談に対して 1 つの答えを出すための判断材料を提供しているように感じたからだ。

一方でこの基調講演は、あくまで Chromium の現在の政治的な立場を踏まえつつ jxck さんが個人的に考える未来の予測であるという前提がある。 そのため筆者も違った角度からこの未来の予測を考えてみたいと思った。

jxck さんの基調講演とは違い、筆者は web プラットフォームそのものの技術の移り変わりやキャリアという視点から、Web の未来を考えてみたいと思う。

jxck さんの基調講演は、この web プラットフォームの現在の在り方と、DOJ による Chrome の売却を求めている話1などから web プラットフォームそのものの未来は誰にも予想できないということを示唆しているように感じた。

政治的な話や企業の置かれている情勢などを考えると、web プラットフォームそのものの未来は誰にも予想できないというのは筆者も同感である。 しかし、筆者は難しいことを考えるのが苦手なので、ここではそういう難しいドロドロした話は置いておいて純粋に技術的な視点から Web の未来を考えてみたいと思う。

変化が目まぐるしいと言われる web 技術だが、本当にそうだろうか。 筆者は常々疑問に思っている。

たしかに、フレームワークやライブラリの、流行り廃りや仕様の変更などは目まぐるしい。

しかし、それはあくまで技術の表面的な部分であり、web プラットフォームそのものの変化はそこまで激しいものではない。

仕様は標準化され、web プラットフォームの数々は多くの合意と共に成り立っている。 そのため、web プラットフォームそのものが大きく変わることは少ないと考えられる。

また冒頭で、フレームワークやライブラリの流行り廃りが目まぐるしいと言ったが、それはあくまで技術の表面的な部分である。 流行り廃りが目まぐるしい理由を考えてみると、それは web を作る上で開発体験やユーザー体験のために、標準化されている仕様を超えて様々な試行錯誤を昔から今日まで繰り返してきたからだと考えられる。 根幹は何も変わらず、より良い体験を提供することを目指しているだけである。

一方で web プラットフォームを取り巻く技術というのは予想できない。 t_wada さんの「技術選定の審美眼」というスライド2では技術は振り子のような螺旋構造で変化していると表現されている。 このスライドで t_wada さんは、変化の差分を見て、技術の進化を見極めることが重要であると述べている。 この主張はこれからの web プラットフォームと向き合う上でも重要な視点であると筆者は考える。 スライドでは Unix や RDBMS,REST の哲学を昔からある変わらないものとして、それらの特徴を extract している。 この視点は今の web プラットフォームの激しい変化においても有効であると考えられる。 同じ目的に対して無数の異なるアプローチがある web だが、その根幹にあるものは変わらないということを理解することが重要である。

前提としてここから先は筆者の過剰考察を多分に含むため、「ほーん、そういう考えの人もいるのね」くらいの気持ちで読んでいただけると幸いである。

目まぐるしく移り変わりする web という世界に、昨今ゲームチェンジャーが現れたと筆者は感じている。 それは LLM の登場である。

ここで、LLM が開発にどう影響するか、という視点での話はしない。筆者はまだ LLM によって魂を震わされておらず、その影響を理解できていないからだ。 詳しい話は mizchi さんや laiso さんに聞いてほしい。

ここで話すのは、筆者は LLM が web の体験やコンテンツに与える影響の考察と、その考察はこの先のキャリア選択にどのような影響を与えるか、という視点での話である。 筆者は、LLM が登場してから自分の未知の分野を検索するときの体験が向上し、それと同時に得られる情報の正確性がこれまでよりも低下したと感じる。 これは、LLM が自分の知識を補完してくれる一方で、その知識の正確性を保証することが難しくなったからだと考えられる。 この変化は、web という形式、存在自体を変えかねないものであると筆者は感じている。 筆者にとって web とは、先人たちの知恵や生きた記録をデジタルに残し、現代の我々がそれを参照して学び、発展させるためのものである。 しかし、LLM が登場した現代、多くの不確かな情報が web 上に溢れている。 「情報」は web という仕組みにおいて無くてはならない。 その中で「情報」への信頼が落ちるということは web という仕組みそのものが揺らぐことを意味すると考える。 筆者は飽き性なのでこれから web という形態がどう変化するまでは考察する前に飽きてしまったが、そういう未来もありそうだよなって思う。

LLM 登場後の負の面を書いてしまったが、もちろん良い面もあるし筆者は常日頃助けられている。 それが「検索」という体験を補完してくれる点だ。 LLM 登場以前は、未知の分野を調べるとき、Aを調べる --> Aを説明するための BとCを調べる --> 調べて分かったことを文脈として理解しAを知るために補完する みたいな感じで調べていた。 もちろん、これでも十分に情報を得ることはできるが、LLM が登場してからは Aを調べる --> Aを説明する という流れで情報を得ることができるようになった。 ここの「A を説明する」の真偽を明らかにするため、説明に必要な知識も説明してもらい気になる点は調べる必要があるが、それでも以前よりも効率的に情報を得ることができるようになった。 これは、web という形式が持つ情報の取得の手段を変えることで、情報の取得の効率を向上させたということである。

これらを踏まえた上で web を軸に置いたキャリアについて考えてみたい。

web エンジニアのニーズは駆け出しが溢れたっていうのは昔話の如く氷河期に入るとは思うが、今の我々の仕事は形を変えてそれでも web とは結びついた形で残ると思う。

また、web を軸と言っても幅広い。 入りはマークアップを頑張り、そのうち UX に興味を持ち、関心はユーザー体験を考えられるサービスグロースに携わる選択肢もあるし。 インフラに興味を持ち、web の基盤を支える選択肢もある。 上に挙げた選択肢はきっと web という形態が変わっても無くならないだろうし、変化に強い堅牢なキャリアだと筆者は感じる。 逆に web という仕組みが好きで、言語仕様やライブラリに精通して、web という大きなドメインのエキスパートになるという選択肢は、常に過渡期の中心にいると思う。 仕様やライブラリの本質を理解し、変化したとしても落ち着いて理解の抽象を当てはめて適応できるかどうかが鍵になると筆者は考える。

これは昔から変わらないだろうが、変化に柔軟なキャリアが web エンジニアには求められると考える。

web プラットフォームそのものの未来は誰にも予想できない。しかし技術的な視点では予想はでき、変化の差分の本質を掴むことが大事である。 また web を軸としたキャリアは変化に柔軟に対応できるかどうかが鍵となる。


脚注